第30回 強い統制による組合ブランディング

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組合によるブランディングの事例

前回の記事では、静岡県の「由比桜えび」の事例を取り上げ、地域共同体による一貫したブランディングの成功例をお伝えしました。由比地区の漁業協同組合は、強い統制力のもと、漁獲方法の革新や価格プレミアムの維持に取り組み、由比桜えびを全国区のブランドとして育て上げたのです。

今回はさらなるケーススタディとして、兵庫県の播州平野に本拠地を持つ高級素麺ブランド「揖保乃糸」の事例を検討し、共同体によるブランディングの工夫に迫ってみましょう。

高級素麺ブランドを維持する力

以前の「花キューピット」の事例でも述べたように、複数の事業主体による組織がブランディング戦略を展開するのは一般に困難であると言われています。一企業と異なり、各々の意見を持った構成員の集まりにおいては、ブランディング活動への熱意やブランド・アイデンティティの在り方を共有することが難しいからです。そうした中でブランディング戦略を成功に導くためには、強いリーダーシップによる統制が必要不可欠です。

今回紹介する「揖保乃糸」も、一企業ではなく、兵庫県手延素麺協同組合という地域共同体によって維持されているブランドです。組合は生産者数470軒を抱える大所帯ですが、各市郡部の代表理事10人で構成される理事会がリーダーシップを握っており、会社組織と遜色のない近代的な経営主体として運営されているのが特長です。

揖保乃糸が高級ブランドたりえている理由の一つには、明確な格付け基準による品質維持の体制が挙げられます。揖保乃糸ブランドの素麺には、最も広く流通している「上級」、さらなる高級品の「特級」のほか、ギフト市場にのみ流通する「縒つむぎ」「上撰」「播州小麦」「熟成麺」を加えた6種類の等級が存在しますが、生産者の技術や熟練度、工場の品質管理基準などに基づいて、生産できる等級が厳密に定められています。また、各等級の生産期間や生産量も組合によって決定されています。

この点は、漁業組合が漁獲量をコントロールする由比桜えびの事例と類似が見られると言えるでしょう。特に食品においては、粗製濫造による品質の低下がブランディングの大敵となります。こうした格付けや生産調整を行うことで、ブランド全体の品質を保つことが可能となり、次に述べる価格プレミアムの維持にも繋がるのです。

価格プレミアムを支える制度

農業や漁業など、自然を相手にする生産業は、天候の変化などによる需給量の影響を受けやすいものです。由比桜えびの事例では、組合が漁獲量をコントロールすることで、従来は卸業者に握られていた価格決定の主導権を組合側が握り、価格プレミアムの獲得と維持を実現していました。揖保乃糸の場合も、供給過多にならないよう入念な工夫が凝らされています。過去数年の気候と販売量の変動をもとに、翌年の生産目標を組合が推測し、それを超過する生産を厳しく制限することにしたのです。この方針のもとでは、各生産者は悪天候でも無理に生産を行うといったことをせず、状態の良い日を選んで品質重視の生産を行うようになります。これにより、品質と生産量をともに安定して維持し、いわゆる「豊作貧乏」という状態を回避できるようになりました。

さらに、特約店制度による販売網の構築も、揖保乃糸が高価格を維持できている秘訣の一つです。特約店制度はもともと、組合の機能を生産管理のみに集中させ、販売を特約店に代行させることでコストを低減するための施策でした。揖保乃糸ブランドの知名度や物流網が全国に行き届いてからは、利益拡大のために特約店制度を解消する選択肢もあったのですが、組合では特約店制度を揖保乃糸のアイデンティティの一つと捉えており、現在もこの制度を維持し続けています。

特約店制度は、単なる販売機能の維持のみならず、価格戦略においても大きな役割を果たしています。2006年頃からの穀物価格の高騰に際し、多くの食品メーカーが値上げを余儀なくされる中、揖保乃糸ブランドもまた価格引き上げの必要性に迫られました。組合では、将来の原料先物価格の高騰幅の予測をもとに、10年先の揖保乃糸の販売価格がどうあるべきかを検討し、2007年と2008年の二度に分けた段階的な値上げの方針を決定しました。2007年には、特約店の利益を減じる形で100円の値上げを実行。続く2008年の値上げ幅は400円と、特約店では吸収できない大きなものでしたが、各特約店に小売各社と交渉してもらうための準備期間を十分に確保していたため、大きな反発を招くことなく値上げを実行できました。かくして、揖保乃糸ブランドは2008年度には過去最高益を記録することができたのです。

強いリーダーシップの必要性

揖保乃糸ブランドが安定した成功を続けている要因には、組合の歴代理事長が発揮してきた確固たるリーダーシップと、ブランド経営への強い誇りがありました。一つのブランドとしての方針が明確になっていればこそ、各組合員や特約店の協力が得られ、ブランド価値を維持することができるのです。

協同組合という組織形態の根底には、組合構成員の一人一人が公平な立場にあるという思想があります。一見矛盾するようにも見えますが、そうした組織のブランディング戦略においては、トップの権限は会社組織の経営者以上に絶対的なものでなければなりません。組織をまとめる者の強い権限と、確固たる指導力、そして何より時流に合わせたブランド戦略に挑戦するチャレンジ精神こそが、伝統的ブランドが成長発展を続けるために必要不可欠なのです。