第40回 ブランドは本当に必要なのか

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ブランディングは本当に有意義か

直近の記事では、ブランドという概念の受容と発展の歴史に触れ、さらにブランディングの重要概念である「ブランド・エクイティ」の何たるかをご説明しました。こうした議論は、ブランドがマーケティングにとって良いものであり、企業は積極的にブランディングを推進するべきだという前提に基づいています。

しかし、時として、ブランディングという営みには批判的な視線が向けられることもあります。ブランディングは本当に意義のあるものなのか、その本質に迫ってみましょう。

ブランドは先入観の刷り込みに過ぎない?

そもそも、現代におけるブランディングとは、商品やサービスの品質だけでは競合との差別化が困難になってきたこの飽和社会において、品質や価格だけの競争から脱するために志向されるものでした。ブランディングに対する批判では、この点がよく槍玉に挙げられます。商品の実質が変わらないのに、ブランドという表面的な価値の上塗りで価格を釣り上げているだけだという意見です。また、伝統的な「モノ作り」を志向する人々からは、「真に重視するべきは商品の中身であって、ブランドなどは問題ではない」という声が聞かれることもあります。さらに、昨今の消費者はブランドイメージだけに囚われ、商品の実質を見る目を失っているとの批判が挙がることもあります。

2014年、米国の学術雑誌「Science」に発表された興味深い研究があります。ヴァイオリンの歴史的名器として知られるストラディバリウス及びグァルネリ・デル・ジェスと、現代に製作されたヴァイオリンの音色を一流のヴァイオリニスト10人に聴き比べてもらったところ、誰も両者の音色を正しく聴き分けることはできなかったというのです。それどころか、どちらかと言えば現代のヴァイオリンの方が好まれるという傾向も見られた程でした。

10億円を超える価格で取引されるストラディバリウスといえども、楽器の名を隠された途端、一流奏者にもその音色が分からなくなってしまうということです。ストラディバリウスであると知った上で演奏を聴いた人が、その音色に賞賛を惜しまないのは、ただのハロー効果(属性の刷り込みによる錯覚)に過ぎなかったのでしょうか。こうした錯覚をもたらすのがブランドの効果であるとすれば、「上辺だけの虚飾である」との批判に我々はどう反駁すればいいのでしょう。

ブランドはなぜ重要なのか

ブランディングを推進する立場から上記のような批判に反論するとしたら、「ブランドは取引の信用向上のために必要である」という論旨が最たるものになります。

信用に基づく取引ができない世界では、近代的な経済や資本主義は効率的に発展することはできません。中東のバザールのように、商品の価格が明示されておらず全てが当事者間の交渉に委ねられるような取引形態のもとでは、相手を信用し、長期的な関係を結ぶことは困難でしょう。どの顧客にも公平な商売を実現するためには、価格を明確に表示できる小売業態が必要不可欠なのです。

そこで求められたのがブランドです。ブランドがあれば、消費者は目の前の商品を実際に購入してみる前から、その商品の品質や特徴を知ることができます。消費者がそれほど時間や労力をかけずに購買意思を決定しようと思うと、必然、自分自身のそれまでの経験で得た知識に頼ろうとします。ブランドは、経験的知識に基づく意思決定のプロセスを簡略化してくれるのです。

初めて会う商人との取引であっても、商品自体のブランドが見知ったものであれば、その品質や金銭的価値も知識に基づいて推し量ることができます。近代的な商業が発達するためには、ブランドは必要不可欠な存在だったということです。

ブランドが必要な商品の区分とは

世の中の商品やサービスは、「探索財」「経験財」「信頼財」の三つに分かれると言われます。この区分は近年、情報経済論の分野で特に重要視されています。「探索財」とは、購入する前に買い手がその商品の属性を判定できるものを指し、生鮮食料品や日用雑貨、それに自動車やパソコンなどの耐久消費財が当てはまります。こうした商品は、事前に得られる情報が豊富にあり、評価基準もある程度明確化されています。対して「経験財」とは、事前の情報が限られており、実際に経験してみるまで商品やサービスの価値が分からないものをいいます。消費者用パッケージ財の多くがこれにあたり、また、ホテルやレストランなどのサービス業もここに当てはまることが多いでしょう。最後に「信頼財」とは、購入の前・後に関わらず、買い手には属性を判定することができないものを指します。医療行為や弁護士の法律サービス、ビジネスコンサルティング、骨董品の購入などがこれにあたるでしょう。お金を払った後でも買い手にはその価値を正確に判定することは困難なので、結局、売り手を信頼して任せるしかないということです。

この区分でいえば、ブランディングが必要となるのは経験財と信頼財のケースです。探索財の場合、ブランドは意味をなさないわけではありませんが、内容量や価格など、ブランド以外の商品属性が購入意思を左右することが多いのです。対して、経験財や信頼財の場合、事前に品質を直接確かめることができないので、消費者は商品を選択するにあたり、口コミなどの客観的情報を欲することになります。ブランドイメージはその事前情報の集大成です。経験財や信頼財にカテゴライズされる商品を消費者が安心して購入できるために、ブランドという存在が果たす役割は大きいといえるのです。

勿論、ブランドの価値はこうした信用の問題にはとどまりません。機能的な品質の差異を超えて、消費者の感覚や情緒に訴える価値をブランドがもたらすのは、これまでの記事で見てきた通りです。つまり、ブランドは、消費者の理性的な意思決定を助ける一面と、情緒的な影響を及ぼす一面の、二重の意味を持っているのです。