第35回 完成しないブランディングとは

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「完成しないブランド」という考え方

本記事ではこれまで、ブランディングの様々な方法や理念について紹介してきました。その中には、ブランドの創生時において行うべきことや、ブランドがある程度成熟してきた段階で留意するべきことなど、特定の時点における手法や心構えの話も少なくありませんでした。

しかし、そもそも、ブランドの完成や成長は何を基準に測れるものなのでしょうか。どの時点をもってブランドを完成と呼ぶか、そこに明確な定義はないように思えます。

今回ご紹介する「スプリングバレーブルワリー」は、その点を逆手にとり、「完成しないブランド」という意気込みで成長を続けている新ブランドの事例です。

入念な準備のもと発進したSVBブランド

スプリングバレーブルワリー(SVB)は、キリンビールを母体とし、2015年に誕生したばかりのビールのブランドです。2015年3月には横浜に、同年4月には東京に直営店舗をオープンし、店内のタンクで醸造したビールをその場で提供するという斬新なスタイルで注目を集めています。

キリンビール社内でSVBブランドの企画がスタートしたのは2011年。工場の大量生産品という従来のビールのイメージを覆し、自然素材によるバリエーション多彩なビールの魅力を消費者に味わってもらいたいという社員達の想いからプロジェクトが始まったといいます。

SVBチームが考えていた直営店舗のイメージは、「20代の若者や、オピニオンリーダーになる人達が集う店」。その狙いを実現するために、チームはSVBというブランドの世界観をどのように表現するかを模索し、最終的に「ターミナル」というコンセプトが定まりました。ビールのテイスティングセットを「ビアフライト」と呼ぶことと掛けて、フライト=旅の中継点となるターミナルとしての店を志向することにしたのです。このコンセプトの決定を受けて、SVBのブランディングは遂に本格的に走り始めました。

デザイン会社との連携によるブランディング

ブランドを形作るにあたり、SVBチームは外部のデザイン会社をブランディングのパートナーに迎え、ブランド・アイデンティティのビジュアル化に務めました。「ブランドビジュアライズワークセッション」という工程では、「SVBにとっての『美味しい』とは?」などの問いに対するメンバーの答えをビジュアルで選び、その理由を言語化するというプロセスを実施。これを繰り返すことで、メンバーが抱くブランドイメージを可視化することができ、デザインの方向性を固めることに繋がりました。

2014年夏に決定したSVBのブランドシンボルとロゴマークは、白と黒からなる立方体で醸造所(ブルワリー)の建物を表すものです。ここには、箱のような見た目とかけて、「ブラックボックスのようにあまり知られていないビール作りの謎を解き明かしたい」というSVBブランドの姿勢が込められているといいます。また、ロゴの文字はあえて字間の感覚をバラバラにし、昔の焼き印を思わせる有機的なイメージを醸し出しています。

ロゴから関連商品に至るまで、SVBにまつわる全てのデザインにはブランドの精神が色濃く反映されています。例えば、ホテルの部屋にかける「DON’T DISTURB(起こさないで)」のカードを模してデザインされたボトルオープナーなどは、旅というキーワードからインスパイアされて生まれたとのことです。

このように、ブランディングの初期段階からブランドイメージとデザインを徹底的に連動させる手法は、SVBブランドの特徴の一つといえます。それを可能としたのは、デザイン会社を外様の発注先と考えず、ブランディングを共に進めていくパートナーと位置付け、蜜月的な関係を構築していった方針によるところが大きいでしょう。

「完成しないブランド」とは結局何か

SVBブランドにとって「完成しないブランド」という言葉の意味は何か。それは、「遊び心」を発展させていける自由さにあるといわれます。例えば、SVBのボトルデザインに着目してみると、製品の種類ごとにブランドシンボルの大きさが異なっていることに気付きます。普通、ブランドから複数の製品を展開する場合、ラベルに載せるロゴやシンボルの大きさは全製品で統一するものです。その常識を覆し、各製品のイメージごとに異なる大きさでシンボルを載せるというデザインの発想は、「完成しないブランド」というSVBの哲学が反映された「遊び心」の表れでしょう。

また、SVBブランドの根底には、ビール文化を消費者と一緒に作っていきたいという思いがあるといいます。そのため、ビール自体も試作品の段階で通販を行い、購入者からの反応をフィードバックする形で商品開発を進めてきました。このプロトタイプのラベルは手書き風に仕上げられており、ここにも未完成の雰囲気による遊び心が表れています。

あえてブランドの完成時点に線引きをせず、常にブランドを未完成のものと捉え、自由な発想でブランディングを進展させてきたSVB。彼らの掲げる「完成しないブランド」とは、もちろん不完全という意味ではなく、ブランドの限界を定めない上昇志向の表れだったといえるのです。