第26回 近大マグロに込められた自身

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何が商品にブランド価値を与えるのか

ブランディングと価格戦略の関係について述べた前回の記事では、自社ブランドに自信を持つことが何より大事であるとお伝えしました。ブランドへの自信は消費者の知覚品質に繋がり、ひいてはブランド価値そのものを向上させます。逆に、「ウチのブランドはまだ大したことがないから……」といった弱気な姿勢では、たとえそのブランドが価値を秘めたものであったとしても、それが消費者に届かずに終わってしまうのです。

今回は、価格面のみならず、ブランドの様々な要素を自信を持って打ち出すことでブランディングに成功した、近畿大学の「近大マグロ」の例を見てみましょう。

困難を極めた大学発ブランディング

今や日本中に名を知られる存在となった「近大マグロ」は、1970年、近畿大学水産研究所で人知れずその産声を上げました。その頃既にハマチやマダイの養殖で徐々に業績を伸ばしつつあった同研究所が、当時の水産庁からの委託を受けて取り組み始めた事業こそ、世界初となるクロマグロの完全養殖プロジェクトだったのです。

繁殖や成長のメカニズムが十分に解明されていなかったクロマグロの養殖は至難を極め、初めて卵の孵化に成功したのですら、プロジェクト始動の9年後。その後もウイルスによる大量死や台風の襲来など多くのハードルに悩まされ続け、試行錯誤の果てに遂に完全養殖に成功するのは、実に30年以上を経た2002年のことでした。

しかし、研究員らがやっとの思いで養殖プロジェクトの成功に漕ぎ着けた後も、「近大マグロ」のブランド化に至るまでには更に越えるべき壁が多くありました。同研究所の養殖プロジェクトは商業主義に走り過ぎていて学問とは呼べないという批判も学内には根強くありましたし、ブランド価値が確立できていない当初は、仲卸業者や小売業者が近大の養殖魚だけを特別扱いするニーズがなく、知名度や価格プレミアムの獲得も困難な状況が続いていたのです。

大学ならではのプロモーション展開

近大マグロのブランディングが大きく動き出す切っ掛けは、プロジェクトの責任者の一人であった大久保氏が知人から聞いたエピソードでした。知人が寿司屋に入った際の、店の大将の「わしは中学しか出てないけど、このマグロは大学を出てるんでっせ」という言葉が大久保氏にヒントを与えたのです。このマグロとは近大の水産研究所から大阪卸売市場に出荷されたものであり、大学から出荷されているマグロというのは、近大マグロ以外には絶対に有り得ない「個性」でした。これをブランディングにおける売りにできると閃いた大久保氏は、大学卒を証明する「卒業証書」をマグロに与えることを企画します。ハガキ大の卒業証書を鮮魚売場で配布し、そこに記載されたQRコードからマグロの生産履歴が閲覧できるようにしたのです。結果的にこの試みは大きな反響を呼び、「卒業証書」は安心・安全を消費者に示すとともに、近大ブランドをアピールするプロモーショングッズとして大きな役割を果たしました。

その後も、大規模な試食会や一流デパートでの店頭販売、さらに研究所の生産事情を逆手に取った品薄商法などが功を奏し、近大マグロは一大ブランドとしての地位を確立しました。2013年には大阪の一等地に養殖魚専門の和食レストラン「近畿大学水産研究所」をオープンさせるに至り、「近大といえば養殖魚」というブランド認知をさらに強固なものとしています。近大自身もこのブランド認知を援用し、最近では「マグロ大学って言うてるヤツ、誰や?」というキャッチコピーと共に、近大マグロを全面に打ち出したプロモーションを積極的に展開しているほどです。

ブランディングは自信を持つことから始まる

大久保氏は近大マグロのブランディングの過程を振り返り、ブランディングにおいて最も重要なことは「ブランド化できると信じる」ことだと述べています。ブランド化できる商品には最初から何か優れた特長が備わっているのではなく、ブランド価値というものはあくまでブランディングに成功した結果として浮き出てくる特色に過ぎないというのです。裏を返せば、「ウチの商品にはブランド化できるような価値はない」と自らが思い込んでいる限り、商品には光が当たらず、価値を世の中に気付いてもらうこともできないということです。

大久保氏はまた、ブランドを形作る要素の一つに「ユニーク性」を挙げ、自らの商品の独自性に気付く視点こそがただの商品をブランドに変えると述べています。近大マグロ一つを例に取っても、「人工孵化で育てられたマグロ」「世界初の完全養殖技術で育ったマグロ」「大学の研究所が育てたマグロ」「全身トロと言われるほど脂が乗ったマグロ」「卒業証書がついてくるマグロ」「どんな餌を食べて育ったかが全てわかるマグロ」「自然界を全く知らないマグロ」「莫大な開発コストが投じられたマグロ」など、無数の特色を見出すことができます。しかし、こうした特色も、近大の研究者らが自ら「これはブランド化できる」と信じることがなければ、世の中に広く知られることはないままでした。事実、マグロ以前に近大が完全養殖に成功していたマダイやヒラメ、トラフグなどの商品価値については、長らく「知る人ぞ知る」という扱いに過ぎなかったのです。

情報が全てを支配する現代においては、折角の高品質も、発信しなければ意味を持ちません。自信を持って売り出していこうという姿勢こそがブランドに価値を与え、商品の本来持つ価値を輝かせるのだということを、近大マグロの事例は如実に教えてくれるのです。