第28回 ブランドを引き立てる逸話

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ブランド・ストーリーを活かす逸話の存在

ブランディングを一本筋の通ったものにするために、ブランド・ストーリーの構築が有効なのは前回の記事で述べた通りです。消費者には見えない志や社内ドラマの話を土台として、商品の独自性の話、それが消費者にもたらすベネフィットの話へと段階的に組み上がっていくブランド・ストーリーは、そのブランドの本質を如実に表す、まさにブランディングの核となるものです。

さて、実際のブランディングの現場においては、このブランド・ストーリーを出発点として、様々な形でのアプローチが展開されていきます。消費者に対するアプローチには、感性に訴えるものと理性に訴えるもの、またコンテンツを通じた価値提供とリレーション(人の関わり)を通じた価値提供などの分類がありますが、中でも感性的なアプローチの中心となるのが、ブランドをめぐる「逸話」の存在です。

今回は、ブランディングにおける「逸話」の打ち出し方とその効能について考えてみましょう。

偶然による逸話がユニークさを生む

ブランドの逸話とは、商品だけでは直接伝えきれない、「消費者が人に語りたくなるエピソード」のことです。逸話を制するものはブランディングを制す――と言っても決して大袈裟ではないほど、ブランドにまつわるエピソードが消費者に与える影響は大きいものです。

前回の記事で取り上げた「SK-Ⅱ」も、ブランド・ストーリーを支える逸話を持っています。研究員が偶然訪れた酒の醸造所で、醸造に携わる杜氏(とうじ)の手が驚くほど柔らかく美しいのを目の当たりにし、美肌の秘訣が酵母にあるのではないかと閃いたのです。現在に繋がるSK-Ⅱの美肌成分「ピテラ」の研究はここから始まりました。P&G社はこの「逸話」をブランディングにも大いに活用し、コーポレートサイトに「秋田10年肌研究」「ピテラ発見の旅」などと銘打って掲載しています。この逸話を通じて、発酵の原理を基礎化粧品に取り込もうとする研究員達のこだわりを説明し、消費者が納得するブランド価値を創り出しているのです。

ブランドの逸話とは「消費者が人に語りたくなるエピソード」ですから、そのブランドにまつわる、今までになかったユニークな話である必要があります。競合他社に同じような逸話を真似されてしまっては意味がありません。この観点から考えると、SKⅡのような「偶然」によるエピソードこそ、ブランドの逸話に最も相応しいといえるでしょう。勿論、同社の研究員は美肌の秘訣を発見しようと強い目的意識を持って研究を重ねていたのですが、ピテラという成分の発見に漕ぎ着けたのはあくまで「偶然」の結果でした。この「偶然」こそが、逸話にユニークさを与え、競合と差別化できるブランド価値の創出に繋がるのです。

過去、現在、未来にまつわる逸話

それでは、ブランディングに使えるような偶然のエピソードが存在しない場合はどうすればいいのでしょうか。注意すべきは、ブランドの逸話は事実に基づいている必要があるということです。実際のところ、逸話というのは創作しようと思えばいくらでもできるのですが、発信者自身が信じていないようなエピソードが長きに亘って語り継がれるということはありません。無理に大きなドラマを作ろうとするより、耳にした消費者が「その話、ちょっと面白いね」と好奇心を抱くような小ネタを打ち出す方が効果があるものです。

自社ブランドの過去と現在を見渡してみると、どんなブランドにも必ず、苦難の経緯や偶然の出来事があるものでしょう。商品が世に出るまでに直面してきた困難の数々や、それを乗り越えるための葛藤や努力。そして、ブランドの安定や成長を支えた偶然の出会いなど。以前取り上げた「近大マグロ」も、そうしたエピソードに事欠かないブランドでした。マグロの完全養殖に成功するまでの研究員達の苦難の日々や、マグロの卒業証書という発想に繋がった寿司屋の大将の発言など……。近大はそうした逸話の数々を最大限に活用したブランディングを行っています。

もし、逸話として使えそうな事実がなければ、未来に向かってのビジョンそのものを逸話にしてしまうのがよいでしょう。ニッチな需要に即した商品やサービスであれば、「今までになかった○○を目指している」というビジョン自体がブランドの逸話となるのです。

ブランド・ロイヤリティと逸話の関係

ブランドの価値の一つに、消費者のブランドに対する愛着を表す「ブランド・ロイヤリティ」があります。ブランドの逸話の存在は、このブランド・ロイヤリティと深く関係しています。

実は、よく知られたブランドの逸話の中には、既存顧客からもたらされたエピソードが少なくありません。優良顧客がお客様相談室に寄せてくれる感謝のエピソードや、会員制のコミュニティサイトなどで書かれる体験談は、まさに逸話の原石です。最近ではTwitterなどのSNSや、YouTubeなどの動画共有サイトが普及したことで、こうした顧客発信の逸話が世の中に広まる機会は爆発的に増えてきました。

例えば、2014年、スズキの四駆軽自動車「ジムニー」が大雪に埋もれた大型トラックを牽引する動画がYouTubeで話題になりました。コンパクトな軽自動車が、その10倍はあろうかというトラックをパワフルに引っ張っていくのです。こうした逸話は、ジムニーの凄さを世の中に知らしめるとともに、ジムニーに乗っている既存顧客に「やはり自分達のブランド選択は間違っていなかった」と得心させる働きがあります。つまり、高いブランド・ロイヤリティを持つ顧客からもたらされた逸話が、さらに多くの顧客のブランド・ロイヤリティを向上させていくのです。

ブランドが消費者から長く愛されることで、多くの逸話が生まれ、ブランド価値のさらなる向上に繋がる。まさしく逸話の存在とブランド価値は正の相関関係にあるといえるでしょう。