第20回 ブランディングにおける2つの戦い方

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ブランディングにおける二つの戦法

先の記事で述べたブランディングの失敗要因の中に、市場規模に対する企業体力のギャップという点がありました。パイオニア社の高級テレビ「KURO」が失敗した理由の一つは、テレビという巨大市場において高級セグメントのブランドを確立・維持していく資金力を同社が有していなかったことだったのです。

それでは、大企業に資金力で劣る小規模な事業体は、ブランディング戦略で勝利を収めることはできないのでしょうか。決してそんなことはありません。戦い方を間違えなければ、むしろブランディングは小規模な事業体が大企業を圧倒する武器にもなるのです。

そのことを理解するために、今回の記事では、ブランディング戦略における二つの相反する戦い方を見てみましょう。

自分達こそが本物と思わせる物量戦

よほど前代未聞の分野を開拓するのでない限り、ビジネスには必ず先行する競合他社の存在があります。既に市場で一定の成功を収めている競合に対し、新規参入の自社がいかにして戦いを挑んでいくか。最も分かりやすい戦法は物量戦です。つまり、競合他社が作り上げた市場に遅れて参入し、新製品の投入や大量の広告投資、強力なプロモーションを連続して行い、資金力をもって市場を席巻するという戦い方です。

キリンビールが発泡酒の「淡麗」、第三のビールの「のどごし生」で仕掛けたのがまさにこの物量作戦でした。我が国における発泡酒の初発ブランドは「サントリー・ホップス」、第三のビールの初発ブランドは「サッポロ・ドラフトワン」ですが、現在、それぞれのジャンルにおいてこれらの商品を真っ先に想起するという消費者はほぼいないでしょう。

また、資生堂はシャンプーのプレミアムブランドとしては後発でしたが、看板商品「TSUBAKI」の広告投資を積極的に展開し、発売当初から14%ものシェアを獲得するに至りました。先発の競合であるラックスやパンテーン、花王アジエンスなどが各10%程度のシェアを維持しながら争いを繰り広げていたことを考えると、資生堂TSUBAKIの展開はまさに破竹の勢いだったと言えます。

ソニーの家庭用ゲーム機「プレイステーション」も物量作戦でシェアを奪った典型的事例です。それまで任天堂の独壇場だったテレビゲーム市場に対し、ソニーは参入当初から積極的なマーケティング投資を行い、一気にシェアを獲得していったのです。

こうした物量作戦は、先発企業よりも多くのマーケティング投資を行うことで、市場に対し「自分達のブランドこそが本物なのだ」と広く認知させていく戦略です。この戦い方で勝利を収めるための理想的な目安は、先発企業の2倍以上のマーケティング投資ができることだとも言われています。こうした戦法を選択できるのは、資金力のある大企業の特権といえるでしょう。

新たなカテゴリーに切り込むゲリラ戦

上述のような物量戦を展開するには、一時的な赤字などものともせず、市場を席巻するまで莫大なマーケティング予算を投下し続ける企業体力が必要不可欠です。中小企業や団体がブランディングを武器に戦うためには、こうした資本競争を避けて通るのが正解になります。つまり、先発企業が作った市場を敢えて無視し、自社が一番手になれるカテゴリーを自ら作り出すことにのみ専念する、ゲリラ戦のような戦い方が有効なのです。

ブランディングの成功例としてよく名が挙がるスターバックスは、この戦い方で勝利を収めた典型例です。同社は、従来の日本のコーヒーショップ・チェーンの手法やメニューを敢えて無視し、グルメとしてのカフェという新たなカテゴリーにマーケティング投資を集中させました。その結果、日本上陸からわずか6年でリーディング・ブランドの地位に上り詰めます。この間にスターバックスは広告と呼べるものを一切打っていませんが、日本におけるブランド認知は今や100%。資本競争を完全に回避しながら強固なブランドを打ち立ててみせた好例といえます。

ソニーのプレイステーションにゲーム機シェアを奪われてしまった任天堂も、その後、「DS」や「Wii」といったこれまでに見たことのないカテゴリーにマーケティング投資をシフトすることで盛り返しました。「脳を鍛える大人のDSトレーニング」といったソフトは従来のゲーム業界では考えられなかったものですし、バーチャル・エクササイズとでも呼ぶべきWiiも、従来のテレビゲームのカテゴリーを大きく刷新するものでした。物量戦でプレステに敗れた任天堂が、今度はゲリラ戦でシェアを取り戻しにきたわけです。

低反発まくらで知られる「テンピュール」もゲリラ戦の典型例といえるでしょう。低反発まくらという新たなカテゴリーを作り上げることで、超成熟市場であった枕の常識を覆し、一つ1万5千円という高額商品でありながら年間250万個もの売上を記録しています。

こうして見ると、先の物量戦が「あるカテゴリーの中で『本物』と認知される」ことを目指していたのに対し、ゲリラ戦の目的は「初めて見るカテゴリーの最初のブランドになる」ことであると言えます。消費者は、初めて見るブランド名にはそれほど興味を持ちませんが、初めて見るカテゴリーには大いに興味を示すのです。ブランドとしての新規性によって先発企業との差別化を図り、「棲み分け」によって競争を回避することで、結果として高い競争力を持つに至る。これがブランディングにおけるゲリラ戦法の筋書きです。

「最初のブランド」になることの重要性

ブランディングにおける全ての個別施策は、ここで述べた物量戦かゲリラ戦、いずれかの戦略に沿って決定されることになります。しかし、「大企業なら物量戦で中小企業ならゲリラ戦」といった短絡的な見方は相応しくありません。豊富な資金力があって物量戦を仕掛けられるのは恵まれた状況ですが、その場合でも最初はゲリラ戦的なアプローチを行い、その後に物量戦で他社を凌駕していくという戦略が効率的なのです。

まずゲリラ戦で市場に参入し、当該カテゴリーにおける「最初のブランド」になってしまえば、他社が後から物量戦を仕掛けてきても耐え切れる可能性が高いといえます。先発企業がしかるべきブランディングの努力をしている場合、いかに大企業といえども資金力に物を言わせてそれを攻め落とすのは至難の業です。ブランド・アイデンティティの理解に注力し、ブランドの世界観を伝えることを怠らず、製品改良にも関心を払い、顧客からのロイヤリティを獲得すること。こうした努力の積み重ねが、物量戦にも負けないブランドを築き上げる唯一の道となるのです。