第47回 ブランド革新を牽引するデザイン戦略

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レクサスとしての価値の追求

前回の記事では、トヨタの高級車ブランド「レクサス」の改革に携わるトップのリーダーシップに触れ、レクサスを「トヨタのおまけ」にしないという強い決意がブランドの方針を決定付けたことを述べました。自らもクルマ好きとして知られる豊田章男社長は、レクサスが獲得すべきブランド・パートナー像を「本物を知る顧客」と設定し、真のクルマ好きの人々が選びたくなるようなブランドを目指すことを宣言したのです。

高級車は、単に価格が高いから高級車たりえるのではありません。プレミアムブランドが何故その立場で居られるのか、理由を一言で明快に言い表せるマーケティング理論は未だ存在しません。しかし、確実に言えるのは、車そのものの本質において「良さ」や「楽しさ」を追求できなければ、それ以外の周辺的な要素をいかに頑張ったところで、全体としての価値は上がらないということです。

トヨタは、創業以来、常に「最高」の車を作ることを全力で目指してきた企業です。基礎研究や要素技術の開発、品質の追求に加え、顧客の期待を超える形での「おまけ要素」を製品に仕込んでいくのがトヨタの車作りの哲学でした。これまでも「最高」を追求してきたトヨタが、さらに高級なレクサスに「トヨタとは違った価値」を持たせるのは、至難の業であるように思えます。

本物を知る顧客に迫るため、レクサスが描いたブランド革新の戦略はどのようなものだったのでしょうか。

「レクサスというブランド」をデザインする

最高品質の車作りを目指してきたトヨタに、敢えて弱点を探すとすれば、それは数値化できないセンスの部分でしょう。高級ブランドを高級ブランドたらしめる要素ともいえますが、数値化される性能の部分を超えたプラスアルファの何かを訴求することです。これまでのトヨタは、その部分の追求には全社的にあまり関心を払っていなかったといえます。レクサスを変えるということは、即ち、この唯一の弱点の克服に本気で乗り出し、これまでトヨタがやってこなかったこと、タブーと思われていたことにも果敢に挑戦していくということを意味しました。

一見すると無理難題と思えるこの改革を実現するために、章男氏が白羽の矢を立てたのは、40年近くにわたってトヨタの外観や内装のデザインを担当してきた福市得男氏でした。

多くのトヨタ車のデザインを手がけた福市氏は、2008年から子会社の執行役員に就任していましたが、章男氏は2011年に福市氏をトヨタ本社の常務役員として召還。「もっといいクルマ作り」を加速させるべく、福市氏をトヨタ車全てのデザインを取り仕切るデザイン責任者に任命しました。福市氏はそれまでのトヨタの社風を覆し、社内におけるデザイナーの発言力を高め、率先してデザイン改革に取り組みました。そして2014年、章男氏は福市氏をレクサスインターナショナルのプレジデント(総責任者)に抜擢したのです。

福市氏は、デザイン責任者としてレクサスのデザイン改革にも携わるさなか、単に車のデザインだけではなく「レクサスというブランド」をデザインしなければならないという思いを強く持っていました。その思いは章男氏と全く同じ。福市氏がレクサスの総責任者に抜擢されたことは、ブランド改革に本気で取り組むための必然の人選だったといえるでしょう。

デザイン上のアイコンの誕生

レクサスというブランドをデザインするということは、レクサスをトヨタとは別の車にするということでもあります。そのための第一手として福市氏が選択したのは、やはりデザインでした。外見上のファーストインパクトがトヨタ車と同じであっては、レクサスをプレミアムブランドとして発展させていくことは難しいという考えです。

福市氏は、レクサスのデザインについて、「他がどこも行っていない、レクサスだけのデザインを生み出すこと」、そして「トヨタと明確にデザインを分けること」の2点を基本方針として打ち出しました。

現在のレクサス車のアイデンティティとなっている「スピンドルグリル」は、レクサスのデザインに独自性を持たせた最たる例といえます。BMWの「キドニーグリル」のように、フロントグリルの形状は高級車ブランドのアイデンティティを印象付ける重要な要素です。福市氏がデザイン責任者に就任した直後の2012年、レクサスは糸巻きを模した「スピンドルグリル」を今後開発する全てのモデルに採用することを決定しました。空気の循環効率が高く、技術的にも理に適った形状であるこのスピンドルグリルは、今日では一目でレクサス車とわからせるための重要なアイコンとして機能しています。

一方、2013年には、「スピンドルグリルに固執したデザインは行わない」という指針も報道されて話題になりました。これは、スピンドルグリルを全車に踏襲するという基本は守りつつも、全てのモデルをスピンドルグリルありきの似通ったデザインにするのではなく、それぞれのモデルに合ったデザインにスピンドルグリルを落とし込んでいくということを意味します。ブランドとしての統一されたアイコンを持ちながらも、個々のモデルのデザインがそれに引きずられないようにするという、福市氏のバランス采配が光るデザイン方針であるといえます。

スピンドルグリルの誕生は、レクサスがトヨタ車の一環としてではなく、真にレクサスという一つのブランドとして動き始めた革新の象徴であったともいえます。こうして、外見上のアイデンティティの確立という強力な武器を得て、レクサスは世界の高級車市場に食い込むべく新たな戦いを始めていったのです。